ポスト・アベノミクスの3本の矢を考える 第二の矢

  • 2017.05.03 Wednesday
  • 07:30

 

 

第一の矢により、人々の当面の生活を改善し、デフレ不況を適切に脱却する。

そのうえで、並行して第二の矢によって、人々に変化と挑戦を要求する中期的な課題に取り組む。

 

 

 

第二の矢:デマンドプル型且つ人材育成重視型の労働移動
(持続可能な未来をひらく戦略的な産業転換政策)

 

昨今、流通業や小売業など様々な業界で「人手不足」が深刻化していると言われる。

 

一方で、ロボットや人工知能(AI)等のテクノロジーの発達により、数十年のうちには様々な仕事が機械に任されるようになり、多くの人が雇用を喪失する、つまり、「人手余り」が本格化すると予測する人々もいる。

 

こうした状況を踏まえて、私たちが大局的な認識として共有しておくべきは、

今後、人手不足と人手余りは同時に進行していく

ということだと思われる。主な原因は、テクノロジーの発達、人口・産業構造の変化、グローバル化である。

 

業界や業種のミスマッチによって、労働条件や雇用条件のミスマッチによって、求められる能力水準のミスマッチによって、人手不足(条件を満たす労働者を雇えない)と人手余り(条件を満たす仕事に就けない)が同時に生じていく。

 

中期的に、ミスマッチによる高失業・低成長・所得低下の状態が進行していくことを防ぐには、産業構造の変化に対応した適切な労働移動が行われることが必要となる。

 

とはいえ、拙速な労働移動の促進によって、失業と格差と社会不安が増大してしまっては本末転倒であり、適切な時間をかけて、適切な手段と順序によって徐々に行うことが大切である。

 

 

 

 

山田久氏の著書『失業なき雇用流動化』によれば、労働移動ないし雇用流動化には、生産性向上や経済活性化につながるものとそうでないものがあり、両者を分ける点は次の2つである。

 

a.「デマンド・プル型」の労働移動であるか「コスト・プッシュ型」の労働移動であるか

デマンド・プル型とは、成長産業の旺盛な需要に牽引されているということである。例えば、成長産業部門が新卒採用や中途採用を増やすことで労働移動が生じるという状況を指しており、80年代まではこの種の労働移動が多かったという。

 

一方、コスト・プッシュ型とは、費用削減への圧力が原因となっているということである。例えば、人件費削減のために非正規雇用の比率を高めたり、不採算部門整理のために希望退職を募集したりするという状況を指しており、90年代以降はこの種の労働移動が増えたという。

 

b. 人材育成システムが整備されているかどうか

介護業界の現状が示しているように、たとえ需要に牽引されていたとしても、離職して他産業へと流出する人が多かったり、仕事内容に比して賃金水準が低かったりすると、生産性向上や経済活性化につながらないことは多い。

 

そうした場合に共通するのは、有効な人材育成システムが整備されていないことであるという(個別には他の要因も大きい)。当該分野について、高い専門技術や熟練度を有する「プロフェッショナル」が育たないわけである。

 

以上を踏まえて、著者は「人材育成とセットされたデマンド・プル型労働移動」こそが、生産性向上や経済活性化のためには肝要であると結論づけている(詳しくは『失業なき雇用流動化』を参照されたい)。

 

 

 


さて、第二の矢「デマンドプル型且つ人材育成重視型の労働移動」という名称は、ほとんど上記著者の主張を言い換えただけであり、大きな方向性としては、ほとんど変わらない。

 

けれども、具体的な中身において、少なからず異なる点がある。

 

a. 「デマンド・プル型」のデマンド(需要)をどう作るか

製造業など、国内市場が既に飽和しつつある業界においては、需要をどうつくるかが問題になる。

 

著者は、例えば自動車業界が行っているように、旧来の「国内生産・輸出拡大モデル」から、海外売上で得られた利益を国内に還流していく「海外生産・収益還流モデル」へと転換させていくことが重要だと述べている。国内を中核的な研究開発拠点と位置づけ、世界全体で得られた利益を元手に、次世代技術の開発を強化するわけである。

 

こうした方針による海外市場の開拓も重要なことだろう。けれども、国内の需要は本当に飽和しているのだろうか

 

特に抜本的な政策が打たれないのならば、今後も、製造業などの成熟業界において、国内需要が大きく増加していくことは考えにくい。したがって、大企業の経営者としては、国内需要は飽和していると判断するのが正しいのだろう。

 

けれども、個人的な生活実感としても、多くの庶民は「お金がない」から買わない(買えない)のであって、もし金銭的な不足と不安が和らげば、購買量(需要)は増大すると思われる。所得の増加に応じて消費が増加する余地は、まだ十分にあると考えられる。


また、芸術や文化的娯楽、書籍や知的探求活動、教育や基礎科学研究など、目先の生活に必需であるとは言えないものの、人々の内面的な教養と豊かさを高めることで、中長期的には人と社会に大きく貢献してくれる重要な分野に対しても、お金を使いやすくなると思われる。

 

それでは、どんな政策を実行すれば、人々の金銭面における不足や不安を和らげることができるのか。そう、第一の矢「インフレターゲット付き個人給付型金融緩和」である。

 

個人給付型金融緩和により、国内需要(内需)を適正な水準にまで回復することが、第二の矢「デマンドプル型且つ人材育成重視型の労働移動」の実現にもつながり、適切な産業転換を通して、持続可能な未来を拓くのである。

 

(ところで、なぜ「科学技術の発達によって有り余るほどのモノを作れるようになったのに、多くの人にとってはカネがこんなにも不足している」のだろうか。この点にこそ今の経済の根本的な問題があるが、第三の矢において述べることにする)

 

 

 


b. 仕事の高度化にともなう雇用の不安定化や所得格差の拡大にどう対処するか

他はさておき、少なくともこの「人材育成とセットされたデマンド・プル型労働移動」という点に関して言えば、例えば米国は、日本よりも相対的に望ましい状態にあるとされる。

 

けれども、著者自身も指摘しているように、とくに最近は、米国でも雇用の不安定化や所得格差の拡大が急速に進行しつつある。そこにあるのは「高度化する仕事についていけない人が増えている」という事態である。(上記著書では、この問題の存在には言及されているが、具体的な対処法や解決策は述べられていない)。

 

適切な労働移動の促進によって、業界・業種のミスマッチや労働・雇用条件のミスマッチ(による高失業・低成長・所得低下)を緩和できたとしても、先にも挙げた「能力水準のミスマッチ」が本格化するのである。

 

こうした事態によって、失業者や低所得者が不当に増加していくことを防ぐには、人材育成で対応する、労働移動で対応する、所得保障で対応する、税制改革で対応するなど、複合的な対策が必要であると考えられる。

 

 


だが、米国の現状が示しているように、それは簡単なことではない。日本でも、労働移動や人材育成が推進されることは多くても、なぜか、所得保障や税制改革による低所得者への正当な分配が推進されることはない。

 

いな、そもそも、よく考えてみれば、所得格差の増大など、テクノロジーの発達とは関係のない原因によっても、進行してきたではないか。

 

世界の下位50%と同じだけの資産を、上位のたった8人が所有しているとはどういうことか。高額所得者になればなるほど、所得全体に占める勤労所得の割合が小さくなり、金融所得の割合が大きくなっているとはどういうことか。

 

現代社会とは、誤解を恐れずに言えば、真面目に働いてお金を稼ぐよりも、多額のお金を右から左に転がして「お金でお金を生み出す」(もっと言えば、お金でお金を"吸い取る")ほうが、遥かに儲かる社会である。

 

資産家が勝手に裕福になるだけならまだよいのかもしれないが、問題は、経済を循環するお金の総量が減少すると、人々の所得水準が低下し、本来享受できるはずの豊かさと自由を得られなくなるということである。まさに「平等に貧しくなる」わけである。

 

「テクノロジーの発達」「人口・産業構造の変化」「グローバル化」という外的環境の変化に対応するだけでなく、同時に、人々の生活水準を本来の水準よりも低下させている「金融セクターの暗躍」に対しても、適切に反旗を翻さなくてはならない。

 

(なお、第二の矢に関しては「人材育成はどのように行なわれるべきか」という問題もある。特に、仕事の高度化という点に関して言えば、どうすれば「高度人材」(高度知的人材, 高度グローバル人材)を育成できるのかという問題が浮上しよう。ただ、これは純粋に経済の問題というよりは、人々の心や内面に関わる問題であると思われるので、今回の「ポスト・アベノミクス」の中で明示的には扱わない)

 

 

 

 

いずれにせよ、経済の根本的な問題に斬り込んでいくことは避けて通れないと思われる。

こうして、第三の矢「税収・通貨発行益ミックス型ベーシックインカム」が必要となる。

 

[第三の矢に続く]

 

 

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