10分で分かるインテグラル理論入門 2

  • 2017.10.21 Saturday
  • 21:38

 

 

 

〇2. レベル

 

 

 

子どもから成人にいたる過程を考えれば明らかなように、人間の成長とは、水平的、あるいは量的に知識や経験が増えていくだけのものではなく、垂直的に、質的な飛躍を遂げていくものでもあります。

 

インテグラル理論では、そうした質的な飛躍は子どもから成人までの間に限られるものではなく、適切な条件が整えば、成人してからもさらに起こりうるものであると考えます。成人もまた、「あるレベル」から「次のレベル」へと成長していくことが可能なのです。

 

 

 

入門なので、以下では5つのレベルからなる簡単なモデルをごく簡単に述べます(各段階の性質は、私自身が独自の観点から切り取ったものです)。

 

なお、インテグラル理論では段階名の代わりに「色」を用いることも多いので、括弧内に併記しました。

 

 


 

  1. 利己的段階(レッド) 及び それ以前の段階

  豊かな衝動や自発性が見られるが、

  社会的な規則やルールをまだ内面化していない。

  小さな子どもには典型的だが、成人だと社会生活に難あり。

 

 

 

 

  

  2. 神話的段階(アンバー)

  社会的なルールに従うことができるが、

  自分の信じている物語や規範を批判的に検討することは困難。

  中学生や高校生に典型的。

  伝統、信念、仲間への愛。忠実な信仰。

 

 


 

  3. 合理的段階(オレンジ)

  複数の信念や価値を1つのシステムへと結びつける。

  現代社会において成人の目標とされている段階。

  批判的思考、良心。懐疑、寛容、情熱、博愛、崇高。

 

 

 

 

  4. 多元的段階(グリーン)

  合理的段階で身につけた価値体系を対象化し、

  その外にあった価値や意味にも自分を開き始める。

  脱構築、身体性。

 

 

 

 

  5. 統合的段階(ティール) 及び それ以後の段階

  複数の価値体系や認識体系の間をかなり自由に行き来できる。

  再構築、心身統合。

 

 

 

 

非常に大雑把に言えば、どんな人の自我も、これらの段階(レベル)のどこかに、あるいはその中間のどこかに"重心"を置いていると述べることができます。


そして後の段階ほど、前の段階よりも、自我の「複雑度」ないし「包括度」が質的に1つ上であることを意味しています。こうした複雑度/包括度の各段階のことを、インテグラル理論では「レベル」と呼びます。

 

ただ、こうした段階は、その人の自我の「複雑度」や「包括度」を表してはいますが、その人の「優秀さ」の程度とは必ずしも一致しません。さらに言えば、後ろの段階に進むほど、その人の「人間的な成熟度」が自動的に高くなるというものでもありません

 

例えば、私の自我の重心が多元的段階にあり、あなたの自我の重心が合理的段階にあったとしても、あなたのほうが成功しているかもしれませんし、多くの人に幸せをもたらしているかもしれません。ただ、よくも悪くも、あなたにはまだあまり見えないものが、私には見えているのであり、よくも悪くも、あなたにはまだあまり分からない論理で、私は動くことができるということです。

 

様々な調査によれば、文化圏にもよりますが、神話的段階から合理的段階までの間に自我の重心を置いている成人の数が最も多いと考えられています。

 

 

 

 

〇3. ライン

 


 

自我は自己同一性や防衛機制の中心点でもあるので、確かに本当に中枢的な部分においては、人間の能力は一定のまとまりをもって複雑度や包括度のレベルを上げていくように思われます。

 

とはいえ、それ以外の非常に多くの部分においては、個々の能力領域ごとにレベルが異なるほうがむしろ一般的です。

 

例えば、自我の中枢的な能力という点では合理的段階の複雑度や包括度をそなえているけれど、世界観実存という点では、神話的段階の複雑度や包括度にとどまっている、つまり、自分がこれまでに身につけてきた物語や規範を批判的に検討することがまだ難しいかもしれません。

 

あるいは、もっと個別的に、例えば性愛家族の領域であるとか、例えばマクロ経済の話になると、懐疑や寛容の態度は現れず、神話的段階の複雑度や包括度に基づいて、つまり、伝統や世間的理解を無批判に受容して考えたり感じたりするかもしれません。

 

こうした個々の能力領域のことを、インテグラル理論では「ライン」と呼びます。5種類や10種類のラインだけで代表させることもできますし、細分化の度合いを高めれば、100種類でも1000種類でも(ほとんど無限に)ラインを定義することができます。

 

ラインとレベルを組み合わせることで、次のような「サイコグラフ」が出来上がります。

 

 

例えば、ある人のサイコグラフが上図のようであれば、認知のラインでは多元的段階を少し超える複雑度/包括度に達しているけれども、多くのラインでは合理的段階程度であり、世界観実存スピリチュアリティセクシュアリティ経済科学のラインについてはまだ合理的段階の複雑度/包括度をもって関われていない(批判的思考が十分に働いていない)ということになります。

 

ラインの種類はもっと少なくてもよいですし、他にも、例えば「リーダーシップのライン」「食のライン」「簿記のライン」「歯科技術のライン(!)」など、必要に応じて多様なものを追加することができます。

 

ただし、当然ながら、能力の発達は、自我のレベルと並行して起こるものだけではありません。実際、日常的に必要な個別的能力の多くは、ある程度の発達レベル(例えば神話的段階)にまで達してしまえば、自我のレベルとは関係なく、水平的に、あるいは量的に身につけていけるものでしょう。

 

しかし、人間の能力には少なからず「質的な飛躍」を要するものがあり、そのためには、各能力の発達レベルを考えることが重要なのです。

 

 

 

(3へ続く)